町田啓太さんの妻で、俳優として活躍している玄理(ひょんり)さん。
玄理さんについて調べていると、「お父さんって何をしている人?」って気になりませんか?
私も調べてみたら、こんな情報が出てきました。
「父親はパチンコチェーンの経営者」
「マルハンと関係がある?」
玄理さんって、落ち着いていて品のある雰囲気がありますよね。
なんとなく「育ちが良さそう」と思っていたので、実家がお金持ちと聞いてちょっと納得しちゃいました。
ただ、調べてみると…
パチンコ経営者説は、事実と断定できるところまでは確認できませんでした。
今回はこのあたりをまとめていきます。
- 玄理さんの父親はどんな人?
- パチンコ経営者という噂は本当?
- マルハンとの関係は?
- 実家はどのくらいお金持ちだった?
玄理の父親は何者?事業をしていた可能性が高そう
玄理さんは、韓国人の両親のもと東京で生まれました。
日本語・韓国語・英語を話すトリリンガルとしても知られています。
じゃあ、お父さんはどんな人だったのか。
玄理さんは2022年の「デイリー新潮」で、父親について語っています。
印象的だったのが、お父さんがひとりでお金を稼いでいたという話。
家族だけじゃなく、従業員まで養っていたそうです。
「従業員」という言葉が出てくるので、会社や事業を経営する立場だった可能性は高そうですね。
家族に加えて従業員まで抱えていたとなると、かなり責任の重い立場です。
玄理さん自身も、大人になってからお父さんの大変さが分かるようになったそうです。
ただし、会社名や具体的な業種までは公表されていません。
ネットでは「パチンコ経営者」と言われています。
でも、玄理さん本人がそう話した一次情報は、私が調べた範囲では見つかりませんでした。
玄理の父親はパチンコチェーンの経営者って本当?
玄理さんの父親について検索すると、「パチンコチェーンを経営していた」という記事がたくさん出てきます。
中には「韓国から日本に渡って、パチンコ店を始めた」というかなり具体的な話まで。
ここまで書かれていると、「本当なんじゃない?」って思いますよね。
私も最初はそう思いました。
でも、調べていくと少し慎重になったほうがよさそうです。
玄理さんは2010年、TBS系『イチハチ』に出演しています。
「お坊ちゃま・お嬢様芸能人No.1決定戦」という企画で、玄理さんのお金持ちエピソードが紹介されました。
ただ、当時の放送内容が分かる資料を見る限り、「父親がパチンコチェーンの経営者」という話は出てきませんでした。
その後、ネットの記事で「パチンコ経営者」という情報が広がっていったみたいです。
ネットって、最初に誰かが書いた情報が何度も引用されますよね。
そうするうちに、いつの間にか「事実っぽく」見えてしまうことがある。
なので現時点では、パチンコチェーン経営者と言われているものの、本人が明言した情報はない、です。
玄理の父親はマルハン社長?
さらに気になるのが、「玄理 父親 マルハン」という検索ワード。
「もしかしてマルハンの社長なの?」と思って検索した人もいそうです。
私も「パチンコ経営者」という話を見て、どこの会社なんだろう?と気になりました。
ただ、こちらも玄理さんの父親とマルハンを結びつける公式な情報はありません。
おそらく、こんな流れで噂が広がったんじゃないかなと思います。
「父親はパチンコチェーン経営者らしい」
↓
「大手パチンコチェーンといえばマルハン」
↓
「じゃあマルハン?」
ネットではけっこうありがちな連想かと思います。
玄理の実家がお金持ちと言われる理由がすごい
とはいえ、玄理さんがお金持ちの家庭で育ったことが分かるエピソードはちゃんとありました。
これがなかなかすごい。
『イチハチ』出演時に紹介されたのが、実家の話。
なんと、世界的建築家・安藤忠雄さんが設計した家だったそうです。
これだけでもびっくりですよね。
普通は「うち、安藤忠雄さんが設計した家なんです」とはならないですよね。
さらに、家が広すぎて大人数のスタッフが掃除に来ていたというエピソードも。
そして個人的に一番驚いたのが、その家をお父さんが売ってしまったという話。
理由は「飽きたから」と紹介されたこともあるようです。
……スケールが違う。
玄理さんって、派手に「お嬢様です!」という感じではないですよね。
でも、話し方や雰囲気から育ちの良さがにじみ出ている感じがします。
なので、このエピソードを聞いても意外というより「やっぱりそうなんだ」と納得しました。
ただ、実家がお金持ち=父親がマルハン経営者、というわけではありません。
玄理と父親はどんな関係だった?
お父さんの職業も気になりますが、調べていて一番印象に残ったのは親子の関係でした。
子どものころの玄理さんは、どちらかというと母親っ子。
お父さんは少し近寄りがたい存在だったそうです。
ところが大人になってから、弟さんが留学。
お母さんも仕事で家を空けることが多くなりました。
そこで、玄理さんとお父さんがほぼ二人暮らしのような生活に。
最初はよく喧嘩していたんだとか。
親子でも、大人になって一緒に暮らすとぶつかることってありますよね。
でも一緒に暮らすうちに、「父親なりの愛情」が少しずつ分かるようになったそうです。
その後は、ソウルで一緒にカフェに行ったり、腕を組んで歩いたりするほど仲良しに。
子どものころは遠く感じていたお父さん。
大人になってから、ひとりの人間として理解していったのかもしれません。
この話、なんだかいいなあと思いました。
玄理さんのお父さんは2023年に亡くなっています。
その後のインタビューでも、お父さんの死が大きな出来事だったことを語っています。
職業の話よりも、こういう親子の話のほうが、玄理さん自身のことが少し見えた気がしました。
玄理と父親のまとめ
玄理さんの父親について調べてみました。
ネットでは「パチンコチェーンの経営者」「マルハン関係者」という噂があります。
でも、どちらも本人や公式情報で確認できた話ではありません。
一方で、玄理さん自身はお父さんが家族や従業員を支えていたことを語っています。
さらに、安藤忠雄さん設計の家に住んでいたエピソードも。
かなり裕福な家庭で育ったのは間違いなさそうです。
華やかな「お嬢様感」というより、自然と品がある玄理さん。
育ちが良さそうに見えるのも、なんとなく分かる気がしました。
そしてもうひとつ印象に残ったのが、お父さんとの関係です。
子どものころは少し距離があったのに、大人になって一緒に暮らすうちに、少しずつ近づいていったそうです。
「何の会社を経営していたの?」という部分も気になります。
でもそれ以上に、玄理さんにとってお父さんはとても大きな存在だったんだろうなと感じました。


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